2013年8月22日木曜日

夏の島根


30年前に亡くなった祖父の墓石にいた蛙
祖母の葬儀があり、島根の山奥まで飛んで行った。
我が家から羽田空港までバスや電車を乗り継ぎ4時間弱、羽田空港から米子空港まで飛行機で約1時間。
米子空港からは車で1時間半、安来を越えてさらに山奥まで入ってゆく。

子供の頃、毎夏を祖母の家で過ごした。
私にとって夏といえば島根の風景や日々が思い浮ぶ。
たくさんの緑、白い砂のような地面、きれいな水の川、明るい薄茶色の川底。
叔父や叔母やいとこたちも夏になると祖母の家に集まった
東京育ちの私には、夢のような時間だった。

祖母が亡くなり、島根の夏と再会することになった。
山や田園風景はあの頃のように美しく、しかも夜はさらに美しい満月だった。
「おばあちゃんが、こんなに素晴らしい時に懐かしい人たちを集めてくれたんだ」

いよいよ最期かもしれない、といわれてから50日以上が経っていた。

雨降りならば痛みがひどく寝込んでしまう現状なので、島根までは行けるはずもないと思っていた。ところが、祖母が亡くなる数日前から葬儀の翌日まで、雲ひとつ無いと言ってもってもよいほどのカラッとした晴天が続いた!
私は遠くまで出かけることもできたし、道中もなんとか過ごすことができた。
「おばあちゃんのはからいだ」と思った。
95歳、最後まで天晴れなおばあちゃんでした。


2013年8月9日金曜日

漢方薬、2週間

漢方薬を飲み始めて約2週間が経つ。経過を診に病院へ行く。
おいしいおいしい、桂枝加苓朮附湯(ケイシカリョウジュツブトウ)
飲み始めてからは、痛みは無くなりはしないが、少しが活気あるような気がする時間を過ごしている。
生理前の体の不調がほとんどなく、急に生理が来て驚くような感覚があった。

腹の触診では、2週間前よりもよい状態にあるとのこと。

桂枝加苓朮附湯の成分中の 附子(ブシ)は冷えに効果があるそうで、附子の量を徐々に増やしたいそうだが、気温が高く汗ばむ時期にはそれは向かないそうで、当面はこれまでの処方を続ける。

近頃、汗の量がうんと増えたのはこのせいなのか。
いやいや、気温もぐんと上がっているから、汗が出るのは当たり前なのか…まだわからない。

だけど、漢方薬の効果には期待しちゃうなぁ。


2013年7月25日木曜日

漢方治療


線維筋痛症。この病気が完治する人は1割だそうだ。
私がこの病気から脱することが出来るかどうかはわからないが、まだできることがあると思う。

まず、鍼灸の先生がなるべく飲まない方が良いと言っている西洋の薬を減らし、漢方薬へ移行してゆけたら…と思っている。
しかし、漢方治療を始めるために新たな病院へ行くとなると、時間や治療費の負担が増えるのである。どうしたものか…

そんなことを考えていた数ヶ月の間に、私の線維筋痛症の担当医師が転勤になった。
その医師の新しい勤め先の病院には、内科で漢方治療してくれる医師がいた。
線維筋痛症の医師に相談すると、快く紹介してくれた。
漢方で良くなったという人もいるし、良くならない人もいるらしい。どちらにしろ、線維筋痛症の治療には「これだ」という決定打はないのだ。



さて、漢方薬による治療を始めることになった。

西洋医学は病気を診て、漢方医学は人を診る、という。
漢方の医師は、実際に顔色を診たり、舌の表裏を診たり、脈を診たり、お腹のいくつかの場所を触って診る。ちゃんと私の今の状態を診てもらっている、という安心感と充足感を感じることが出来できた。

また、天候によって痛みが増すという私の状態には、漢方による治療が向いているそうだ。
漢方には「気・血・水」のバランスを整えるという考え方があり、その中の「水毒」を出す薬から処方してゆくという。

桂枝加苓朮附湯(ケイシカリョウジュツブトウ、内容は、
 桂皮 (ケイヒ)、芍薬 (シャクヤク)、茯苓 (ブクリョウ)、
 蒼朮(ソウジュツ)、附子(ブシ)、生姜 (ショウキョウ)、
 大棗(タイソウ)、甘草 (カンゾウ)

お湯に溶かして飲む。
「ゆったりとした気持ちで飲んでください」と先生は言っていた。
経皮(シナモン)と甘草が入っているので、甘くておいしい。

今まで処方されていた西洋医学の薬、リリカ、ノイロトロピン、ブロチゾラムはそのままの量で様子を見ることになった。
しかし、先週あたりから独自にリリカを25mg減らし、一日の総量を225mgにしてみている。


それにしても、病院はエアコンが効きすぎていて冷えるなぁ。



2013年7月17日水曜日

枝豆と母

親戚が枝豆をわんさと届けてくれた。
枝に豆が付いたままの、まさに枝豆。
この枝から豆をもぎるのだ。
昼食後に、母とじっくりもぎる。
もぎりながら、母は話す。母の昔話になる。

母の話は、結局『戦争は悲惨だ』ということだ。
戦場はもちろん悲惨である。
そして、たとえ戦場に行かずとも、戦場にならなかったとしても、戦争をしているということは悲惨なのである。
働き手が少なくなる、物が無くなる、食べものも無くなる、飢える。人の心も荒む。
昭和3年生まれの母の青春真っ盛りは、戦争真っ盛りだったのだ。
もう人々をそんな目に遭わせてはいけないのである。

2013年7月14日日曜日

ファンヒーターで足元を温める

梅雨が明けてから、暑い日が続いている。猫たちもこのようにぐったりだ。

晴れていれば寝込むほどではないが、夏特有の、夕方に天気が崩れるような日は残念ながら痛むのだ。

最近思いついた名案。
午前中、洗面所で顔を洗ったり化粧をする時に、コンパクトファンヒーターで足元をガンガンに温めるのだ。この暑いのに!

10分ほどそうしていると、体ぜんたいの痛みが薄れ、体の中に活気が生まれてくるのだ。

2013年7月6日土曜日

梅雨明けと減薬


とても早く梅雨が明けた。
例年より2週間も早い梅雨明けだ。
とたんに体が楽になっている。
本当に天候に左右されているのだと思い知る。






この頃より、下記のように減薬を試みている。
 リリカ(朝 150mg、夜 100mg→75mg) 
 ノイロトロピン(2錠×朝晩2回)
 ブロチゾラム0.25mg×1/6(寝る前)


2013年6月29日土曜日

梅雨はお手上げ


今年の梅雨入りは5月29日。例年より10日ほど早かった。

梅雨だから、あたり前にぐずついた天候が続いている。
そして、やはり、そんな日は痛みが増す。
わかっていたことだから、落胆はしないのだけれども、そんな日が続くとぐったりする。

痛いと気持ちが腐る。
腐りたくないのに腐るのだ。
痛みが去ると、腐った気持ちは去る。
痛みしだいで体調はもちろん、気持ちもコロコロ変わり、自分を信用できない。


2013年6月28日金曜日

診断から2年が経った

今日で「線維筋痛症」と診断されて2年になる。
当初、医者に「焦らないでください。2年はみてください」
と言われた。
その2年が経った。

2年前と比べると薬も減ったし、だいぶ良いが、まだまだ痛い。
体も不自由だ。
あともうひといき、なのだ。



天候に左右される。
薬を飲んでいても、雨降り前や荒れた天気の時は抗いがたい痛みがやってくる。
体も頭もジャリジャリ、ジュワジュワするような痛みで、そのうちに、どわーっと疲れがやってきて、気づいたら寝ている。

一日があっという間に終わってしまう。



処方されている薬、
 リリカ(朝 150mg、夕 100mg)  
 ノイロトロピン(2錠×朝晩2回)
 ブロチゾラム0.25mg×1/4(寝る前)



2013年6月4日火曜日

ポテサラ


この季節、久しぶりにポテトサラダを作るようになった。
じゃが芋を茹でてつぶす作業、酢やマヨネーズを加えて和える作業は手に負担がかかり、とても痛くなる。だから作るのを避けていたのだ。
しかし、夫や両親はポテトサラダを好きなようで、気持ちよく食べてくれる。そして、この時季にはポテトサラダを食べたくなるのだ。

最近は、じゃが芋だけでなく、おからを混ぜている。
マヨネーズを減らして、酢と薄口醤油で味を調える。
さっぱりとした、和の味わいになる。
近頃は、青みの野菜をスナップえんどうやいんげん豆や枝豆にしている。豆の青いような甘いような香りがじゃが芋に合う。キュウリよりもずっと合うと感じる。

2013年5月12日日曜日

ジーンズのパンツ

ちょっと嬉しいことがある。この2年半の間、履くことができなかったジーンズを履けるようになったのだ。

2010年の晩秋頃から、デニムの硬い生地が体に触れることが痛くて耐えられなくなったのだ。
それ以来、ウールや綿のスウェット地、伸びる生地のズボンばかりを履くようになった。
時々思い出したようにジーンズを手に取ってみたが、「だめだ」痛くて履くことが出来なかった。
このように諦めるたびに情けない気持ちになっていた。

この4月にまた、履いてみた。大丈夫だった。履けたのだ。

まだ少し、デニムの生地は痛く感じるけれども、ジーンズを履けるようになったということが嬉しくて嬉しくてたまらない。だから少しばかり痛くても、好んで履いては喜んでいるのだ。